女性のしなやかさと、その奥に潜む感情の揺らぎを写し続けてきた写真家・沢渡朔。《AWA no HIBI》は、彼の後年の作品群のなかでも、とりわけ詩的で、内省的な響きをもつ一冊である。
タイトルに掲げられた「AWA(泡)」は、儚く消えゆく一瞬を示し、「HIBI(日々)」は、静かに積み重なっていく日常の時間を指し示す。
本作は、声高に語ることなく、イメージによって囁くように、時間にやさしく消されながらも感覚の奥に残り続ける断片をすくい上げていく。まるで一篇の静かな詩のように。
ページをめくると、柔らかな光と自然な色調が広がる。かつての沢渡作品に見られた身体性や官能の強度は抑えられ、視線はより内側へと向かう。庭先に落ちる光、グラスの中で立ちのぼる気泡、女性がふと振り返る瞬間、シーツに刻まれた微かな皺。
それら一見すると取るに足らない日常の細部が、沢渡の眼差しを通すことで、時間の重みを宿した美へと変容する。彼が捉えているのは出来事ではなく「感触」であり、物語ではなく「感情の陰影」だ。一枚一枚の写真は、今にも弾けそうな泡のような記憶として、壊れる直前にひときわ強く光を放つ。
《AWA no HIBI》は、沢渡朔が「無常」という感覚と真正面から向き合った作品でもある。美は、必ずしも劇的な瞬間に宿るものではない。むしろ、最も静かで、最も柔らかな時間の中に、そっと潜んでいる——本作はそう語りかけてくる。
印刷と装幀にも、軽やかで繊細な思想が貫かれている。上質な紙の手触りと、余白を生かしたデザインは、写真集そのものを「泡のような時間の器」に変える。
読むというより、共に静かな旅をするように、光と風の痕跡を辿りながら、確かに存在していた“生活の泡”に触れていく。
《AWA no HIBI》は、沢渡朔の表現の転回点であると同時に、視覚による哲学的実験でもある。日常にひそむ詩を写し取り、私たちにそっと思い出させる——美は、見過ごされがちな瞬間の中にこそ息づいているのだと。




BAMBI 渡邊萬美 Comment :
この撮影は約2年前、沢渡さんのご自宅で、4ヶ月という贅沢な時間をかけて行われました。
初めてお会いしたのは、私が30代に入ったばかりの頃。静かで落ち着いた佇まいの中に、一本筋の通った真摯さと、潔さを感じたのを今でも覚えています。
撮影が始まったのは、2年前、梅雨の6月。
湿気を含んだ空気と雨の匂いに包まれた日々。
その静かな空間で、金髪の裸の私はまるで夏休みに祖父の家を訪ねた孫のように、くつろぎながら、淡々と撮影は進んでいきました。
カメラを置いたときには、いろんな話をしました。
芸術のこと、生き方のこと、人間のこと。
そのすべての時間が、今でも私の身体のどこかで温度を持って息づいています。
この作品集は、ただの記録ではありません。
私が沢渡さんという存在に、どこまでも信頼を寄せ、
すべてを預けた“魂の往復書簡”のようなものだと思っています。
どのカットにも、沢渡さんの眼差しが宿っていて、
この作品集は、私という存在を通して浮かび上がる、
沢渡朔という写真家の”静かな情熱”だと思っています。
私がなぜ、撮られることが好きなのか。
なぜ裸になるのか。
正直自分でもよくわかりません。
でも、
“わからない”という感覚のまま、
信じられる誰かに心も身体も預けられること、
それが私にとって、
たぶん、生きてるってことなのかもしれない。
沢渡さんとの時間が、その問いへの一つの答えを、
そっと教えてくれたように感じています。
是非みなさまにみにきて頂ければと思います。
渡辺万美