古代神話において、セイレーンはその歌声で航海者を誘惑し、陶酔と破滅へと導く存在として描かれてきた。

本作《Siren》において、写真家はレンズを通して「魅惑と脆さが同時に存在する」状態を現代の寓話として立ち上げている。

今回のインタビューでは、この作品に込められたインスピレーションや哲学、そしてその背後にあるリアルな瞬間について深く掘り下げていく。

ND CHOW 写真集「SIREN(セイレーン)」4 部作 feat. 渡辺万美

受訪者:ND Chow
ND Chow(アンディ・チャオ)は、東京を拠点に活動するシンガポール出身の写真家・映像作家です。感情のこもったポートレートやコンセプチュアルな展示で知られ、ファッションやアパレル、商業ブランドのビジュアルも手がけています。静止画と映像を通して、存在感やアイデンティティ、内面の脆さを描き出します。
Instagram : @ndchow.official

The Subject|被写体について


Q: 撮影を通して、私という存在をどう感じましたか?

A: あなたの存在からは、常に二つの力が流れていました。ひとつは人を強く惹きつける魅惑、もうひとつは視線を逸らすような脆さ。その同居こそが「サイレーン」の本質であり、私にとっては美しさの真の形でした。

Q: 私を「サイレーン」と呼びたいと思った瞬間はありましたか?

A: ありました。あなたの存在は単なるモデルではなく、神話的な寓話を体現していました。グラマーという一時的な虚飾の向こうに、より深い問いかけを秘めていて──「何に惹かれ、何を恐れるのか?」というサイレーンの本質的な問いを突きつけていたのです。

Q: レンズ越しに見たとき、最も印象に残っている表情や仕草は?

A: 印象に残っているのは、沈黙の中で浮かび上がった表情です。ポーズではなく、眼差しを逸らし、呼吸を整える刹那に、過去と未来を抱え込むような哀れ (aware) が滲み出ました。その一瞬に、あなたの真実が宿っていました。

The Title|作品タイトルについて

Q: どうして「サイレーン」というタイトルを選んだのですか?

A: サイレーンは古代神話の存在ですが、この作品においては「グラマー」そのものを象徴しています。人を魅了し、競争や虚飾の渦に引き込み、最後には空虚さを残す──それは現代に生きるサイレーンの姿です。この寓話的な二面性を一言で示す言葉として、「サイレーン」を選びました。

Q: 神話的なサイレーンと、私を重ねたときにどんなイメージが生まれましたか?

A: 神話のサイレーンは航海者を誘い込みながら、同時に試練を与える存在です。あなたを重ね合わせることで、私は「美しさは単なる装飾ではなく、存在そのものを映す鏡である」というイメージを見ました。


The Process|撮影プロセスについて

Q: 撮影の現場で意識したことは何ですか?

A: 「虚飾から真実へ」という物語の流れを映し出すことを意識しました。最初は享楽的で人工的なトーンから始まり、次第に倦怠や不安を経て、最後には和解へと向かう。その過程を、ポーズの合間に生まれる“間”の中に捉えようとしました。

Q: 印象的なエピソードやハプニングはありましたか?

A: 撮影の合間、ふと訪れる沈黙の瞬間が印象的でした。言葉を介さず、ただ存在そのものが立ち現れる時間。その中にこそ、この作品の核心がありました。一方で、時には感情が一気に溢れ出し、まるでイコライザーが赤いポイントを振り切るように、表現が限界を突き抜ける瞬間もありました。さらに、ある動きをどうしても撮りたい私と、別の方向に進もうとする彼女との間で口論になったこともありました。その衝突は緊張を生みましたが、同時に作品の中に「抗い」と「対話」という新たな層を刻み込みました。

Q: 撮影を“旅の記録”ではなく“作品集”にしようと考えた理由は?

A:  旅の記録は出来事を追うものですが、作品は物語を織り込み、時を超えて生き続けます。私は瞬間を保存するのではなく、そこに潜む普遍的な問いを浮かび上がらせたかったのです。


Expression & Philosophy|表現と哲学

Q: 写真というより“物語”を撮ることに重きを置いているように見えます。それはなぜですか?

A: 写真の背後には常に物語があります。『サイレーン』では、否認・苛立ち・倦怠・交渉・受容という存在的な段階を物語として紡ぎました。観る人が自分の人生と重ね合わせられる余白を残すためです。

Q: あなたにとって「美しさ」とは何でしょうか?

A: 美しさとは、欠けや矛盾の中に宿るものです。哀れ (aware) に象徴されるように、失われゆくものへの気づきの中にこそ、美の真実があると感じています。

Q: サイレーンを通じて観る人に伝えたい感情や問いかけはありますか?

A: 「私たちはなぜ魅了され、なぜ恐れるのか?」という問いを投げかけたいです。魅惑と危うさは常に隣り合わせであり、その境界を見つめることが人間の本質に触れる道だと思います。


The Future|今後について

Q: この作品があなたにとって持つ意味は?

A: 『サイレーン』は、私の表現における転機でした。外側の美だけではなく、内側の声を映すことの重要さに気づかせてくれたからです。

Q: 今後また私と作品を作るとしたら、どんなテーマに挑戦したいですか?

A: 「解放」をテーマに挑戦したいです。社会や自己の制約から自由になる瞬間を、写真でどう描けるかを探りたいと思います。

Q: 「サイレーン」という作品を経て、自分の表現や視点に新しい発見はありましたか?

A: はい。時間は抗うものではなく、受け入れるものだと学びました。その気づきは、幽玄 (yūgen) や雅 (miyabi) に通じるような静かな美学へと私を導いてくれると思います。